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2009.02.07 体脱感覚
最近になって想ったんですが、大抵離脱する時(体の一部だけ含め)って独特の思考の感覚っていうか、そんな感じの感覚が来るんですよね。何か自分を冷静に見てる自分があるっていうか。逆にこれ無いと駄目っていう。何でしょうね、体脱感覚?
まぁでもとりあえず、その感覚を維持すれば面白い事になる気がする

それはそうと「やるおで学ぶ明晰夢」は中々面白かった

昨日の結果
・眠気 80%
・時刻 12:35~9:35
・方法 イメージ法
・音楽 Hexaヘミ

・夢
 ・夢日記書いてる夢。滅茶苦茶綺麗に書いてあった。意識が浮上した時に、この夢は見やすいという事を発見
 ・MSXのメタルギアしてる夢。スネークがOLDだったり、ムービーだけ無駄に綺麗だったり、途中からゼルダに変わったり
 ・洋風の豪邸で、小栗旬が執事でワイン注いでた。黒執事っぽい。後からおばあ様が来て怒られた。何故に

・結論
いまいちイメージ法が分からない。昨日は浮遊感を感じるレベルまで行ったけど、それで?っていう感じ
イメージが終ってからが重要だね。前述した「離脱感覚」でも想像してみます
さて、滅多に書かない追記をちょこっと

今日の「やるおで明晰夢」の記事にあったんですが

・普通の夢を見ている時は脳の記憶物質が出ない為、夢が憶え難い
・明晰夢を見ている時はその記憶物質が出る為、憶え易い

と、ありました

でも逆に考えてみたんですが、ひょっとしたらその記憶物質(またはそれと共に出る物質)自体が夢の明晰夢化を促進してるのでは無いでしょうか

何故そう思ったか

夢日記というものがありますがこれの効果は「夢を書く事によって夢を記憶し、次に同じような夢を見た時にそれが夢だと気付き易くなる」というものです
しかし、実際前と同じ夢は(夢日記を書く夢等を除き)中々見ません(自分だけかも)。にも関らず明晰夢を見る事があります

それはおそらく本当は明晰夢を書く事によって、夢を見る→夢を記憶する、というプロセスを作り出してそれを脳に記憶させているからだと思います

つまり夢日記を書く事は夢を憶える事がメインなのでは無く、「夢日記を書こうとする→夢を見たら夢を書く=夢を見たら夢を記憶する→夢を見ている時も記憶物質が出る→夢が明晰夢化する」というプロセスを脳に憶えさせるのがメインではないかと

要するに夢日記は書く事が大事なんじゃなく、書こうとする事が大事だったんだよーッ!


以上ランニング中の妄想でした。解り辛かったら申し訳無い

あー、スカボローフェアは癒されるわ~
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